『いま、会いにゆきます』

 一体どうしちまったんだ僕は。“純愛ブーム”に翻弄されている。『世界の中心で愛を叫ぶ』に始まって『電車男』そしてついに『いま、会いにゆきます』をレンタルしてしまったよ。“純愛”だよ“純愛ブーム”が僕のところまで押し寄せてきたよ。
 いや、きっと僕にはユルイくらいがちょうど良いんだ。くっついた離れた二股浮気で愛憎のもつれなんて疲れてしまう。TVでそんな場面に出くわしたらチャンネル変えちゃうもんね。

『いま、会いにゆきます』
 ダンナさんと息子を残し、妻であり母であるその女性は若くして亡くなった。幼い息子に手作りの絵本を残して・・・。その絵本には1つの予言が書かれている。「雨の季節の訪れとともにまた戻ってくる」と。そして、予言通り、妻であり母であるその女性は彼らの元に戻ってくる。すべての記憶を無くして・・・。
 この粗筋を聞いて、まず思い出した作品がある。『ペットセメタリー(小説表記だとペットセマタリー)』
・・・ホラーじゃん。それ・・・
 あれもいろんなモノが蘇ってくる話だった。いろんなモノがね。小説版は面白かったな。
 閑話休題。『いま、会いに~』は純愛物語である。もちろんホラーではない。(むしろSF?)この物語に惹かれるのは何故だろう。それは多分、『幸せの絶頂は不幸である』という点が表現されているからだ。
この映画に出てくる3人家族は、幸せである。互いを必要としあい、相手を傷つけまいと気遣い、相手のために何かしてやれないかと常に心を砕いている。両手放しで互いを信頼している。これ程幸せな人間関係があるだろうか。故にこれは完成型であり、他が入り込む隙間がない。彼らも他を混ぜようとは考えない。完璧なのだから当然だ。
しかし完璧な家族でありながら、彼らは時として不安な顔をする。ふと考えてしまうからだ。

この幸せはいつまで続くのだろうか?

人間てのは切ない生き物だなぁ。幸せなら幸せを感じてさえいればよいのに、わざわざ不安を探し出してきては、自ら幸せの絶頂から下りようとする。そうせずにはいられないのだろう。
それが切なくてたまらないのだ。
しかし、この作品には希望がある。『終わりは始まり』であったことを知るのだ。そしてこの事により、3人は巡り会うべきして巡り会い、皆がそれを望み、願ったことが現実となったことを知る。
 信じるものが出来たこと、明確にある事実を真理であると理解できるというのは幸せなことなのだ。

『ビッグ・オー』の絵本をご存知だろうか?この映画を見て、何故かあの物語を思い出した。
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by skullscafe | 2005-06-24 21:22 | 映画


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