『パッチギ!』

 見た。井筒監督。これまた熱い映画であった。
 燃え~!
 
 ラブ&ピース。
 そうかい、そんな時代かい。
 そして、隣国との関係は非常に難しい。
 うん・・・。
 面白い映画だったけど、軽く話せないよなぁ・・・。
 
 ただ思ったのは、歴史は勉強しないといけないなぁと言う事か。今更この歳でこんな事言うのもなんだが。
 まずは日本の歴史を知らなければならない。日本がどういう軌跡を描きここまで来たのか。そして、注意しなければならない。オダギリ・ジョーも劇中で言っていた。
「テレビは嘘ばかりだ」
 教科書の内容はどうだ?本屋で売っている本は?新聞は?絶対に嘘が書いて無いといえるか?新聞に関してはつい最近、でっちあげの記事を書いていたものが平気で掲載されていた事がニュースになった。考古学の世界で嘘の発見が学会を通っていた。テレビでのヤラセは頻繁に言われているし、果ては月面着陸は嘘だとか、織田信長として有名なアノ絵は実は信長ではないんじゃないかなんて事まで言われたり、何が本当やら分からない。
 つまりだ。
 歴史は簡単に書き換えられるんだ。
 誰かがちょっと嘘を言って、それが本当のこととして後世に語られることだってあるんだ。
 何が本当であるか。僕はそれを今ある本などから得る情報で判断するしかない。危なっかしくて仕方ない。しかし、判断する物はそれしかない。
 隣国との関係だって、色々明確になってないことも数多い。何が本当で何が嘘なのか。
「お前はなにもしらないだろう」
主人公がそんな言葉を突きつけられるが、知らない。僕も知らない。
 この映画はそういうことを考えるきっかけになる。
 川を挟んで、にらみ合う朝鮮人と日本人の若者達。それはそのまま朝鮮半島と日本の縮図でもあるようだ。
 しかし、その反面個人レベルでは朝鮮人と日本人の垣根を越えて仲間意識を持つことも出来ているし、愛し合い、子供だってその間に生まれたりする。
 奇妙なパラドックス。しかし、これもまた現状を明確に表現している。

 人は個々では冷静に向き合えるのだ。集団になった時が怖いんだなぁとも思う。集団が大きくなればなるほど、その集団は個人の集合体であるにも関わらず、独自の意思を持つ。その前では個人の意見など殺される。そしてコントロールできなくなる。歴史はその場では大義名分として扱われ、お互いを理解するための材料としての機能は果たさない。
 ならば、歴史など知らないほうが良いのだろうか。いっぺん、皆頭の中真っ白になってバカになって、ゼロから作り直す。お互いの関係を。・・・うむ・・・そうか・・・。皆!勉強しちゃダメだ!歴史を勉強しちゃダメだ!覚えたことは忘れてバカになるんだ!勝手に俺達元年を立ち上げようじゃないか!・・・・というわけには、いかないのでどうしたら良いのかな・・・・。

 あ!この映画を見てたらこんなことをグルグル考えてしまった!映画は僕らに色んなキッカケをもたらす。なんて素晴らしい。
[PR]
by skullscafe | 2005-12-30 03:06 | 映画


<< 今年も終わりますが何か? 呪 >>