『失われた龍の系譜』

 『プロジェクトA』『スパルタンX』『天中拳』『香港国際警察』『木人拳』・・・
 子供の頃、胸を熱くしてブラウン管に見入っていた。憧れの人、ジャッキー・チェン。
 僕にとって、香港映画はブルース・リーでもなく、Mrブーでもなく、ウォン・カーワイでもチャン・イーモウでもない。まずは、ジャッキー・チェンありき。
 ♪デン・デン・デン・デン・・・パパパパ~♪チャララリ~ン♪『ゴールデンハーベスト』・・・

『 ジャッキー・チェンは、その日、敬愛する両親の秘密を知る。父チェン・ジーピンが、母チェン・ユエロンが病に伏せたのを期に、夫婦が長年隠してきた真実をジャッキーに打ち明けることを決めたのだ。父の本名はファン・ダオロン。彼は20世紀の動乱期を国民党のスパイとして生きてきたという。そしてジャッキーの本名も、「陳港生」ではなく「房壮龍」だった。それだけではない。父と母は互いに再婚で、それぞれに残してきた2人の息子と2人の娘がいるというのだ。・・・(以下略)』(goo映画より抜粋)

 『失われた龍の系譜』は彼の、と言うより彼の父の物語である。
 日中戦争、文化大革命など中国の激動の時代を生き抜いた一人の男の物語が、ドキュメンタリー(一部再現映像)で描かれている。
 この映画は、カンフーシーンなど出てこない。ジッキー・チェンのバックグラウンドを語る映画だから。
 ジャッキー・チェンの父がすさまじい時代をたくましく生きたことに目を見張るが、それと同時に感じることは、ジャッキー・チェンの事でも何でもなく、またしても『差別と対立』だ。
 先日見た映画『ホテル・ルワンダ』はルワンダ国内の民族抗争の話だった。あの映画を否が応でも思い出す。中国でも同じようなことはあったのだ。共産党と国民党との争い。
 人は人を憎まずにはいられない。憎む反動として人は人を愛するのかもしれない。そうだ、光によって闇が生まれるように、また闇が光をより輝かせるように、憎しみがなければ愛という言葉など存在しなかった。
 そしてそれとは逆に、ジャッキーや、その父は驚くほどに家族を愛している。家族の前で非常にリラックスした表情を見せるジャッキーを見るとその様子に感動するほどだ。信頼し合っているのが分かる。
 またしても、集団と個人の差に戸惑う。この差はなんだろう。
 他とはそれが何故出来ないのだろう。
 そんな疑問がグルグル巡る中、ジャッキーが印象的な事を言った。(つたない記憶を辿りながら思い出しているので、全くそのままではない。念のため)
 実は腹違いの兄が2人いると聞かされて、2人に会いたいか?と問われ
「血は水より濃いと言うけれど・・・自分にとってはユン・ピョウや、サモハンのほうがむしろ近くに感じる。いざ、兄達に会ったとしても・・・・何を話して良いか分からないよ・・・」
 それと同じ質問を腹違いの兄弟にもしていた。その答えは
「離れていても、境遇は違っても兄弟は兄弟だ」
 血の繋がりはなくとも付き合っていく上で理解を深め、信頼し合える仲になれる。逆に血の繋がりはあっても状況によっては、無条件に信頼できるわけではない。
 対立しあっている中でも徐々にコミュニケーションを強固なものにしていけば、分かり合えるものなのだ。本当は人間皆そう信じたいのだ。だからこそ、物語はいつだって『差別と対立』から『和解』を求めて発展していくのだ。
 逆に信じたいのにそう出来ないからこそ、物語は人の心を惹き付けるとも言えるだろう。しかし、そう言ってしまうとこれは無いものねだりのようにも感じてしまう。それは寂しいな。
 やはり、信じたいものだ。と、言ってる時点で僕も半信半疑か。
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by skullscafe | 2006-02-23 23:05 | 映画


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