映画『電車男』

 恋愛に飢えているのかもしれない。
 レンタル屋に行って『いま、あいにいきます』という映画がいつも貸し出し中でイライラしている自分を発見してそう思った。
 で、その代わりに何を借りてきたかと言えば、『世界の中心で愛を叫ぶ』だったりするから始末に終えない。
 ち、違うんだ、僕は行定監督の映画で『きょうのできごと』という映画が大好きでほかの監督が撮った映画が見たかっただけなんだ。『北の零年』も結局見てないし、手ごろにあったのはこれだったんだ。・・・『GO』でもよいじゃないかって?『ロックンロールミシン』ではだめだったのかって?い、いやそれはまぁほかのでも良かったけれど・・・良いじゃないか!見てみたかったんだよ!
 結果的に、セカチューは良かった。とても青臭い感じはしたけれど、そこにはまとまったひとつの雰囲気があった。居心地の悪さや、憧れや愛しさや切なさや心強さなどが一緒くたになった空気だ。
 その雰囲気から生まれる胸の苦しさは、僕らある程度人生きた人間が10年前のあの日感じていた胸の苦しさにとてもよく似ていて、あの時、何故こう出来なかったんだろうとか、彼女を幸せに出来なかったなぁとか、画面の中で展開される世界は自分の体験した世界とはまったく違うものにも関わらず、自分の過去を思い起こさせる。そんな甘酸っぱい世界がそこにはあって、悪い人は誰もいない世界なのがまた、甘くてそんな現実はありえないと否定しながらも俺もその世界に連れて行ってくれと思っている自分が恥ずかしいけれど間違いなくそこにいて、さらに切なくなってしまう。ああ、僕はどうしたらいいんだ・・・助けてください!

 前言撤回。恋愛に飢えているのではない。切なさに飢えているのだ。

 さて、ここで、今回のタイトルにしたのが『電車男』だった事に気づく。
 前述したようによく分からないが、僕は切ない気持ちに浸りたいらしい。
 その欲求を埋めるべく、映画館に足を運んだ。そして、選んだのが、やはり恋愛モノ『電車男』なのであった。女子か、僕は。こーゆー行動。女子か。
 しかし、結果から言うと、僕としてはこの世界を受け入れることは出来なかった。切なくなれなかった。逆にイライラしてしまって、疲れた。_| ̄|○
 イライラ の原因は、(以下、個人的意見)ミスキャストであること。役者の演技が受け入れられない。話がただまとめただけな感じを受ける。なんか、時間が無くて慌てて作ったかのような出来に感じる。推敲もなく見切り発車で、あれよあれよと進んでいって、終わりました。そんな感じがする。もっとまとめ方があったんじゃにかなぁ。アスキーアートでもっと遊んでほしかった。映画の世界に入っていける入り口を設けてほしいし、物語を記憶するのに何かひっかかりを作って欲しかった。
 行定監督に作らせるのだ!

 ああ、切なくさせてくれる恋愛映画はないものか。
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by skullscafe | 2005-06-13 22:17 | 映画


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