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『悲しみの歌』遠藤周作

『悲しみの歌』読了。

 この本は位置づけとしたは『海と毒薬』の続編に当たるらしい。
 らしいと言うのは、そちらも読んだのだがちょっと前のことで記憶に無いのだ。

 舞台は新宿で、そこで細々と開業している勝呂(スグロ)と言う名の医者と彼を取り巻く人々の話。この医者は戦時中、捕虜を使った人体実験の現場に立ち会った戦犯である。この過去を執拗に取材する新聞記者。ささやかな暮らしを望んでいるだけの勝呂医師の上にその過去が時を経て尚重くのしかかってくる。

 舞台である新宿は僕にとっても馴染み深い場所である。なので、ある程度はその場面を具体的に想像できる。ゴールデン街、花園神社、区役所通り・・・。そういった面でもなかなか興味深く読めた。
 しかし、舞台の新宿は当然ながら今の新宿とは違う。まだ、新宿が新宿らしかった時代の話。“らしかった”とは何か。それは僕が憧れたバイタリティ溢れる新宿。もちろん、そこには主観が思いっきり入っているが、お分かりいただけるだろうか。蜷川幸雄が映画館で芝居をやっていた頃の、五木寛之が『青春の門』で書き綴った時代の、新宿。妖しくて混沌として妖怪のような街。その時代のその町はそんなイメージがある。今の新宿はなんだかとても疲れて見える。
 そんな街が舞台だ。昔の新宿かぁ、なんて読んでいると、若い連中は本当の新宿をしらんのだ、というような意味合いの演説をぶつキャラクターが出てきて面食らう。闇市で人が溢れ、カストリやバクダン飲んでた時代を知らんだろうと、言うのだ。戦後間も無い新宿。そんな、戦後の苦しい時代を下敷きにその時代の新宿は成り立っている。
 昔のことは分からない。やはり、知る事が必要なのだろうか。そんなこと知らずとも生きていける。知らないほうが良いこともある。勝呂医師の過去のように。
 僕の馴染みのある現代の新宿もまた、彼の時代の新宿を下敷き成り立っている。僕もまた僕の踏んづけている地面の下に眠る歴史を知らない。
 その街の、もしくはその場所の過去に何があったのか、本当に分かっている人はそういない。 また、それと同じように、人が何を抱え、なにを思っているかを、本当に分かっている人もそういない。
 人を許すと愛する事助ける事、それらもまた同じように、真の許し、真の愛、真の救済といのも行う事は非常に難しい。
 人は、少しずつしか物事に関わっていく事ができない。今の時代を生きる僕は先人達の生きた時代とは違う。僕がいかに相手の事を思おうとその人にはなれない。その為、間違いが起こる事もあるが、だからこそ、理解したいと心が動き思いが生まれる。それが愛なのかもしれない。
 ・・・と、言う事を言っているのかな、この本は。

 重たい話ではあるが非常に文章的にも読みやすく、構成的にもテンポが良い。祭と医院内を対称的に描く行は震えた。文章を読んで人は鳥肌がたつこともあるのだ。

悲しみの歌
遠藤 周作 / 新潮社
ISBN : 4101123144
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海と毒薬
遠藤 周作 / 新潮社
ISBN : 4101123020
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↑これもあわせて読むと良いかも

ゴールデンボーイ―恐怖の四季 春夏編
スティーヴン キング Stephen King 浅倉 久志 / 新潮社
ISBN : 410219312X
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↑あとこんなのもあわせて読むと良いかも
by skullscafe | 2006-06-04 01:50 |


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